白神山地はなぜ世界遺産?ブナ林が理由・登録基準は1つだけ

白神山地が世界遺産になったのは、東アジアに残る最大級の原生的なブナ林が、伐採も道路もほとんど入らないまま、分断されずに一続きで残っているからです。該当した登録基準は生態系の1件だけで、景色の美しさも固有種の多さも理由に入っていません。日本は1992年の推薦書で基準を3件挙げましたが、現地を調べたIUCN(国際自然保護連合)が認めたのは1件でした。

簡単に言えば、森そのものが丸ごと評価されました。屋久島の縄文杉のような看板になる木は、白神山地の評価には出てきません。

物件世界遺産の登録登録基準評価の決め手国内の指定・面積
白神山地1993年12月・自然遺産(ix) 生態系東アジアに残る最大の原生的なブナ林。分断がなく一続き全域が国有林。16,971ha
屋久島1993年12月・自然遺産(vii) 自然美・(ix) 生態系海岸から山頂まで続く植生と、千年を超えるスギの原生林天然記念物「屋久島スギ原始林」(1924年指定)ほか。10,747ha
十和田八幡平国立公園登録なしなし推薦されていない。ブナ林は白神山地より広いが幹線道路で分断国立公園

白神山地が世界遺産に選ばれた理由(登録基準は生態系の1件)

世界遺産委員会は、採択した顕著な普遍的価値の声明(その物件の何を評価したのかを書いた文書)で白神山地をこう説明しています。およそ8,000年から12,000年前より北日本の丘陵と山腹を覆ってきた冷温帯のブナ林が、そのまま生き残ったもの。遺産地域は白神山地の3分の1ほどで、標高100mから1,243mまでの範囲です。

世界遺産委員会が価値の中心に置いたのは、この森のできかたでした。

ブナの仲間は氷期に分布を南へ移しました。東西に走る山脈が南下を妨げた土地では、その過程で植生が単純になっていったそうです。日本では南部まで退くことができたため、周北極地域に由来する植物の顔ぶれを保ったまま、氷期のあとで再び北へ広がりました。白神山地のブナ林は、そうして成り立った極相林(それ以上は移り変わらない安定した林)にあたります。

環境省東北環境局も同じ見方です。分布を南へ移せたおかげで植生が単純にならずにすんだブナ属の極相林が、原始性の高い状態で残っている、と書いています。

もう1つの条件が雪です。世界遺産委員会によれば、日本海側の内陸の豪雪は世界的にも珍しい気候条件だそうです。その豪雪地帯で林冠(森の上を覆う枝葉の層)を単独で作るのが、日本固有のブナ(Fagus crenata)。林床は常緑のチシマザサが占め、老齢林を含む森を必要とするクマゲラ、ニホンカモシカ、ツキノワグマ、ニホンザルが暮らしています。

世界遺産委員会は、これらが互いに働きあって1つの生態系として完結している点を評価しました。寒温帯の生態学、とりわけユーラシアのブナ林の研究と、気候と植生の変化を長く観測するうえで重要だ、と結んでいます。

林野庁東北森林管理局は、白神山地のブナ林を「純度の高さやすぐれた原生状態の保存、動植物相の多様性で世界的に特異な森林」と評価しています。氷河期のあとに成立した新しいブナ林として、東アジアを代表するものだという説明です。

登録基準の条文(生態系の進行中の過程の顕著な見本)を読んでも、白神山地の答えにはたどり着けません。条文は制度の言葉なので、物件の言葉は声明のほうで読んだほうが早いです。自然遺産と文化遺産で基準がどう分かれているかは、別の記事にまとめました。

推薦した登録基準のうち2件が落ちた理由

1992年に日本が出した推薦書は、基準を3件挙げていました。IUCNの評価書によれば、日本の言い分はこうです。

生態系については、8,000年から12,000年続いたブナ林の顕著な見本であること。自然美については、白神山地の景観と原生の状態が東アジアで野生的かつ稀であること。絶滅のおそれのある種については、推薦地域に固有種や絶滅危惧種が分布するという主張でした。

IUCNは1993年5月に現地を歩き、外部の査読者7人と、国と県の担当者、地元大学の研究者から意見を集めています。

その結論が、生態系の基準だけに該当、というものでした。

日本が推薦した基準の中身現行の番号IUCNの判定
生態系の進行中の過程の顕著な見本(ix)該当
自然美・類まれな自然現象(vii)勧告に含まれず
絶滅のおそれのある種の重要な生息地(x)該当せず

絶滅のおそれのある種の基準については、評価書がはっきり不該当と書いています。種の多様性という点でこの手の森は貧弱で、この場所にしかいない固有種もいない、というのが理由です。

評価書によれば、確認された植物は500種を超えるものの、日本の他の山岳地域と比べて特に多い数ではないそうです。鳥は87種、昆虫2,212種、両生類9種、爬虫類7種。イヌワシはその87種の鳥のうちの1つがい、クマゲラは核心地域(人手を加えずに守る中心部)に営巣3つがい。いずれも1993年の審査当時の数字です。

自然美については、不該当だと書いた文が評価書にありません。ただ、IUCNは白神山地の値打ちを生物学的・科学的な特徴の側に置いていて、景観や観光の魅力を評価の対象にしていません。勧告したのは生態系の基準だけで、登録された基準もこれ1件でした。

基準が1件だと評価が低いように見えますが、読み方は逆だと思います。1件に絞られたおかげで、この森の何が値打ちなのかがはっきりしました。景観の基準も通っていたら、「美しいブナ林」という説明で片づけられていたはずです。

自然遺産としての登録をいったん断念した富士山の経緯も、同じ「基準に届かなかった」話にあたります。

ブナ林の広さと十和田八幡平国立公園との違い

IUCNは1993年の評価書で、日本国内にブナ林が他にもあることを認めました。白山の生物圏保存地域や上信越高原国立公園にも同じFagus crenataの林があり、隣の十和田八幡平国立公園に至っては白神山地より広いブナ林を持つ、と書いています。

そのうえで十和田八幡平については、幹線道路で分断されていて、観光客向けの施設を含む、と続けます。白神山地は残っているうちで最大、かつ最も原生に近い一続きの林。白神山地のブナ林が日本で唯一のものではないとも書いていて、際立っているのは開発を伴わない原生林の広がりのほうだ、というのがIUCNの見方でした。

保護区としての形にも触れています。分断がなく、面積のわりに外周が短く、楕円形で、緩衝の層に囲まれている。外から入り込む影響が少なくて済む形だ、という評価でした。

世界遺産委員会は声明で、北日本ではスギなどの人工林がブナ林の多くを置き換えてきた、とも書いています。周りが植林に変わったぶん、残った一角の値打ちが上がりました。

世界遺産委員会は白神山地を、かつて北日本を覆った冷温帯のブナ林の最後で最良の遺物と呼びました。「東アジア最大級」という言い方は、広さの順位のことではありません。同じ林がもう他に残っていない、という意味です。

世界遺産地域の16,971haと入山の決まり

白神山地ビジターセンターは、白神山地を秋田県北西部と青森県南西部にまたがる約13万haの山地帯だと説明しています。世界遺産地域はそのうち16,971haで、割合にすると13%ほど。

ここで、さきほどの「3分の1」と数字が合いません。「白神山地」の範囲の取り方が資料で違うためです。IUCNは評価書で山地を約450平方キロメートル、つまり4.5万haほどと見ていて、声明の3分の1はこの取り方に沿った割合。13万haで割れば13%です。

白神山地の世界遺産地域は、人手を加えない核心地域と、その周りの緩衝地域に分かれています。内訳は秋田県の資料にあります。

区分青森県秋田県計
核心地域7,673ha2,466ha10,139ha
緩衝地域4,954ha1,878ha6,832ha
計12,627ha4,344ha16,971ha

白神山地では緩衝地域も世界遺産地域の一部です。緩衝地域は一般に、遺産地域の外側へ置いて開発を抑える帯として説明されますから、ここは混同しやすいところ。IUCNは評価書で、この帯を推薦地域に含めたうえで、広げた核心の周りに新しい緩衝地域を引き直すよう提案しています。日本がそれに応じたため、合計の16,971haが登録面積になっています。

市町村でいうと、秋田県藤里町が4,344ha、青森県は西目屋村3,858ha、鰺ヶ沢町4,649ha、深浦町4,120ha。林野庁によれば、この全域が国有林野です。

入山の決まりは青森県と秋田県で違います。2026年9月時点で、核心地域に入れるのは27の指定ルートと既存の歩道だけ。森林管理署への届出も要ります。指定ルートがあるのは青森県側だけで、秋田県側の核心地域には設定がなく、環境省東北環境局は入山を遠慮するよう求めています。学術研究や報道取材といった目的なら、別に許可を申請できるとのことです。

暗門の滝や十二湖のような一般向けの場所は、ビジターセンターによればそのほとんどが届出の要らない場所だそうです。十二湖について林野庁東北森林管理局は、白神山地の麓に広がる森と湖沼群で、津軽国定公園に含まれると説明しています。青池は面積975平方メートル、深度9m。

つまり、白神山地へ出かけたと言うときの白神山地と、世界遺産に登録された白神山地は、ほぼ別の場所です。観光で見れるのは遺産地域の縁か、その外側だと考えておくと間違いがありません。

白神山地という名前と登録までの経緯

環白神エコツーリズム推進協議会によると、「白神山地」の名が使われたのは1954年発行の国土地理院地勢図からで、それ以前は弘西山地、西部山地、泊岳山脈とも呼ばれていたとされています。江戸時代の菅江真澄の紀行には「白上」「白髪が岳」の表記で出てくるそうです。地名としては新しい部類に入ります。

保護の歴史も新しいです。IUCNの評価書には、1981年に林野庁が青森・秋田の県境を結ぶ林道の計画を立てたものの、地滑りや異常な渇水、洪水、雪崩への懸念から地元の団体が反対し、計画は凍結されたとあります。保全を目的とした管理が始まったのは、道路を作らないと決めたあとの1990年からだ、とも書いています。

1990年に森林生態系保護地域、1992年に自然環境保全法による自然環境保全地域。推薦書が出たのはこの直後です。

登録の手続きは一度止まりました。世界遺産委員会のビューローが、規模・法的な保護・管理体制の3点を挙げて推薦を日本へ差し戻したためです。日本の回答は3つでした。緩衝地域を遺産地域に編入して、約170平方キロメートルに広げる。環境庁(今の環境省)が鳥獣保護区に指定して、保護を一段積む。管理体制を書き込んだ管理計画を1994年初めに仕上げる。IUCNはこれで足りると判断し、登録を勧告しています。

登録は1993年12月。秋田県は12月11日としています。管理計画と連絡会議が1995年、国指定鳥獣保護区が2004年、科学委員会が2010年に整いました。差し戻しの宿題を、登録後に順番に片づけてきた遺産でもあります。

屋久島との違いと、名物のない遺産の見方

同じ1993年12月に登録された屋久島も、日本の推薦は3件でした。IUCNが認めたのは自然美と生態系の2件。固有種は多いもののIUCNのレッドデータブックで絶滅のおそれがあるとされた種はいない、として絶滅のおそれのある種の基準は勧告に含まれていません。この基準が認められなかった点は白神山地と同じで、分かれたのは自然美でした。

屋久島の声明には、樹齢1,000年を超える「屋久杉」と呼ばれるスギの原生林が名指しで出てきます。白神山地の声明に、名前の付いた木は1本もありません。

IUCNも評価書で屋久島と白神山地を並べ、屋久島は生物多様性が高い古いスギ林、白神山地はブナが単独で林冠を作る林、と書き分けました。

白神山地で評価されたのは、森が生態系として働いていることでした。1993年の審査の時点では、推薦地域に道路も歩道も人工物もない、とIUCNが書いています。伐採も道も入らなかった理由に挙がっているのは、奥深さと急な斜面、それに1981年に止まった林道の計画でした。

今の核心地域には既存の歩道と27の指定ルートがあります。ただ、ビジターセンターは核心地域について、次世代に貴重な自然環境を引き継ぐため人手を加えないことにしており、既存の歩道を含めてルートの整備は行っていない、と説明しています。

見どころを作らなかったことが、そのまま価値になった遺産です。歩けるのは縁の側で、核心の森は研究と保全のために置かれている。そう考えると、この遺産の見え方が変わります。

白神山地とともに登録された屋久島が、縄文杉ではなく森全体で評価された経緯は別の記事にまとめてあります。

参考