屋久島はなぜ世界遺産?縄文杉ではなく森が理由・自然遺産5件と比較

屋久島が1993年に世界自然遺産になったのは、樹齢千年を超えるスギが優占する天然林の景観と、海岸の亜熱帯植物から山頂のササ草地まで途切れずに続く暖温帯の原生的な森、この2点が評価されたからです。登録基準で言えば「自然美」と「生態系」の2つ。縄文杉は登録地域の中に立っていますが、IUCN(国際自然保護連合)の評価書にも、環境省が公表している推薦理由にも、縄文杉という名前は出てきません。

評価されたのは島の21%を占める森全体です。簡単に言えば「海から山頂まで途切れない古い森」が理由で、縄文杉はその森の一番有名な住人にあたります。日本の自然遺産5件のうち「自然美」の基準を持つのは屋久島だけで、ここが白神山地や知床との一番の違いです。

物件登録年月登録基準評価で名指しされているもの国内の指定
屋久島1993年12月(vii) 自然美・(ix) 生態系樹齢千年を超えるスギの天然林、海岸から山頂までの植生の連なり(縄文杉の名は出ない)特別天然記念物「屋久島スギ原始林」・屋久島国立公園・原生自然環境保全地域
白神山地1993年12月(ix) 生態系東アジア最大の原生的なブナ林全域が国有林(16,971ha)
知床2005年7月(ix) 生態系・(x) 種の保全季節海氷が育てる海と陸の生態系、シマフクロウなどの希少種知床国立公園ほか
小笠原諸島2011年6月(ix) 生態系(進化)陸産貝類と維管束植物の高い固有種率、今も進む適応放散小笠原国立公園ほか
奄美・沖縄(奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島)2021年7月(x) 種の保全中琉球・南琉球の固有種と絶滅危惧種の生息地奄美群島・やんばる・西表石垣の各国立公園ほか

屋久島が世界遺産に選ばれた理由(自然美と生態系の2つの基準)

環境省が公表している推薦理由は、島の地形と雨から書き起こしています。中心に九州最高峰の宮之浦岳(1,936m)がそびえ、年間4,000〜10,000mmの雨が降る島です。海岸近くのガジュマルやアコウから、暖帯と温帯の林を経て、山頂近くのヤクザサやシャクナゲまで、植生の垂直分布がはっきり見られるそうです。

その上で傑出した特徴として挙げているのが、樹齢数千年に及ぶとされる直径3〜5mのヤクスギ(鹿児島県の説明では、屋久島で樹齢1,000年を超える天然スギの呼び名)。老齢の巨樹林は生態的にも形態的にも世界的に貴重な天然林だ、というのが推薦の中心でした。

IUCNの評価書は、この推薦をどう受け止めたか。

評価書の結論は2つです。1つは、海岸まで2,000m近い標高差で突き出した地形の中に、スギが優占する生態系の「最後で最良の例」が優れた景観とともに残っている点。これが自然美の基準です。もう1つは、この地域一帯でほとんど失われた暖温帯の古い森が、海岸の広葉樹林から山頂のササ草地まで一続きで残っている点。こちらが生態系の基準に当たります。

日本政府はもう1つ、固有種や希少種の生息地という基準も推薦していました。これについてIUCNは、前の2つほど説得力がないと書いています。植物の種数は白神山地の4倍近くあるものの、IUCNのレッドデータブックに載る絶滅危惧種はいない、というのが理由でした。

登録を勧告したのは景観と生態系の2基準だけ。

屋久島の理由としてよく並ぶ「固有種と北限・南限の種」という項目は、登録基準としては通っていません。屋久島の価値は種の数より森の連なりで測られている、と読むのが評価書に忠実です。

登録地域は島の21%(縄文杉は中、白谷雲水峡は外)

環境省によると、登録当時のユネスコ世界遺産センターのドロステ所長は、人が大勢暮らしている島にすぐれた自然が残っている点に屋久島の価値があると語ったそうです。人が暮らす島なので登録地域は島の一部にとどまり、10,747haで島の面積の約21%にあたります。

環境省の資料は、宮之浦岳を中心とした中央山岳部に、西は国割岳を経て海岸まで、南は本富岳、東は愛子岳へ通じる山稜部を加えた範囲だと説明しています。海岸まで届いているのは西側だけで、「海から山頂まで」の一続きはここが担っているわけです。

縄文杉はこの中です。環境省の年表には1993年の登録に「縄文杉生育地も含む」と添えられていて、2024年2月に改定された屋久島世界遺産地域管理計画も、縄文杉を遺産地域に所在する木として扱っています。

白谷雲水峡とヤクスギランドは外。同じ管理計画によれば、どちらも全域が遺産地域の外側の緩衝地域に含まれ、国有林のレクリエーションの森「屋久島自然休養林」にあたります。

同じ屋久杉の森でも肩書きが違う、ということです。世界遺産の森を歩いて見れるのは縄文杉のルートで、白谷雲水峡は屋久島国立公園と自然休養林の森。行き先を選ぶときに、この線引きは知っておいて損がありません。

縄文杉は世界遺産の理由なのか(評価書に名前は出ない)

縄文杉という固有名は、1993年のIUCN評価書のどこにも出てきません。評価書が触れているのは、複数の個体を年代測定した結果は最古で約3,000年で、観光文献が言う7,000年ではないという点だけ。2012年に日本が提出した価値の説明文でも、最も古く最も壮観な個体の生育地とあるだけで、名指しはないそうです。

木を見に行く人ほど、周りの森こそが評価の本体だと知っておくと道中の見え方が変わると思います。環境省が示す荒川登山口からの往復9〜10時間は、大半が世界遺産の森そのものを歩く時間です。

樹齢3,000年と言われた木でも倒れます。林野庁の屋久島森林生態系保全センターによると、2024年8月28日の台風10号で、白谷雲水峡の弥生杉(胸高周囲7.6m、樹高26m)が根元から約3mのところで幹折れして倒れました。

弥生杉は登録地域の外ですが、登録地域の中の木が倒れたとしても、評価書が価値を置いているのは森の連なりのほうです。IUCNが2025年に出した保全状況の評価は「良好、一部に懸念あり」で、懸念の中身は登山者の管理、シカ、外来種、気候変動でした。観光の影響への懸念は、1993年の評価書にすでに書かれていたものです。

縄文杉の名前の由来と樹齢がばらつく理由

縄文杉の名は、発見から1年ほど後に付いたものです。環境省の年表によると、1966年に元上屋久町役場職員の岩川貞次氏が「大岩杉」として発見しました。観光庁の多言語解説データベースは、発見者が自分の名前にちなんで付けた名だと説明しています。翌1967年の正月、南日本新聞が一面で「生き続ける『縄文の春』」と報じ、ここから縄文杉の名が広まったそうです。

名前の由来について、屋久島観光協会は2つの説を挙げています。縄文時代から生きているという樹齢に由来する説と、幹の造形が縄文土器に似ているからという説です。新聞が樹齢の古さを指して「縄文」と書いたのが出発点なので、前者が元だと見るのが自然でしょう。

樹齢の数字がばらつくのは、測り方が違うからです。環境省の資料には、次の4つの数字が載っています。

  • 7,200年: 九州大学の真鍋大覚氏が古代の気象と成長量の関係から推論した数字。1983年には環境庁のポスターにも「7,200歳です」と載りました
  • 6,300年: 1983年に環境庁が「古くても6,300年」とした数字
  • 2,170±110年: 1984年に学習院大学の木越邦彦氏が、一番古い木片の放射性炭素年代から出した数字
  • 2,600年以上: 環境省の紹介ページが載せている推定樹齢(2026年9月時点)

放射性炭素の数字が下限にしかならないのは、幹の内部が空洞で最古の層を採れないためです。上限の根拠として観光庁のデータベースが挙げているのは、約7,200年前の近隣の海底火山の噴火。この噴火で島のほとんどの生命が死滅しているので、縄文杉がそれより古いとは考えにくい、という説明でした。

どれが正しいか、という問いにはなりません。測った方法が違うだけです。数字を1つ覚えるなら、環境省が紹介ページで示す推定樹齢「2,600年以上」と幹周り16.4m・樹高25.3mのほうが役に立ちます。

白神山地・知床・小笠原・奄美との違い(自然遺産5件の物差し)

自然遺産の登録基準は4つあります。景観の美しさ、地球の歴史を示す地形・地質、生態系の進行中の過程、絶滅危惧種など種の保全です。文化遺産と自然遺産で登録基準がどう分かれるかは別の記事にまとめました。日本の5件に地形・地質の基準を持つものはなく、残りの3つをどう組み合わせているかで性格が分かれます。

環境省の資料は、白神山地については氷期の影響による植生の単純化を免れたブナ属の極相林が東アジアで最大の規模で原生的に残っている点を、知床については季節海氷が海と陸の生態系をつなぐ点を挙げています。小笠原諸島の「生態系」の中身は進化です。大陸と一度も陸続きになったことのない海洋島で、今も適応放散が進んでいる点を同じ資料が挙げています。

比べるなら2点で足ります。「自然美の基準を持つのは屋久島だけ」「種の保全の基準がないのは屋久島・白神山地・小笠原諸島」。

1993年に同時に登録された屋久島と白神山地を、IUCNの評価書は最初から対にして比べていました。暖温帯のスギの森と冷温帯のブナの森という組み合わせで、保全の歴史が1924年までさかのぼる屋久島のほうが管理の経験は豊富だ、というのが評価書の挙げた両者の差でした。

同じ山でも富士山は自然遺産の候補に残らず、信仰と芸術の基準で文化遺産に登録されています。その経緯は富士山の記事に書いています。

屋久島の国内の指定(特別天然記念物と国立公園)

屋久島に国宝はありません。国宝は建造物や美術工芸品の制度で、森や山を守る仕組みは文化財保護法の天然記念物と、自然公園法の国立公園です。国宝と重要文化財の仕組みは別の記事で比べています。

保護の始まりは、世界遺産より70年近くさかのぼります。環境省の年表では、1922年に国有林の中に学術参考保護林が設定され、1924年12月にその区域が天然記念物「屋久島スギ原始林」になりました。1954年3月には特別天然記念物になっています。文化遺産オンラインは、山地の中腹一帯に広がるヤクスギの原生林で、固有種も多い世界的に貴重な自然林だと説明しています。

鹿児島県の説明では、屋久島スギ原始林は海抜およそ700〜1,700mに見られ、樹齢1,000年以上の天然スギがヤクスギ、それ以下がコスギという呼び名です。一般のスギの寿命は最大800年程度とされるのに、屋久島では千年を超えることが珍しくない、と管理計画は説明しています。雨が多くて成長が遅く、年輪が緻密で腐りにくいからだそうです。

国立公園としては1964年3月に霧島屋久国立公園の一部になり、1975年5月には花山地区が国立公園から外れて、自然環境保全法でより厳しく守る屋久島原生自然環境保全地域になりました。2012年3月には霧島屋久から独立して、屋久島国立公園になっています。

管理計画によれば、原生自然環境保全地域の全域が遺産地域に入り、それを除いた遺産地域の全域を屋久島国立公園が占めます。

国が70年かけて守ってきた森を、1993年に国際的にも認めた、という順序です。IUCNが1924年からの保全の歴史を白神山地との違いに挙げたのも、この積み重ねのことでした。

参考