清水寺が世界遺産なのは、1994年に登録された「古都京都の文化財」を構成する17の社寺と城の1つだからです。UNESCOが評価したのは京都全体で、8〜17世紀に宗教建築・世俗建築と庭園が発展した中心だったことと、今に残る建築と庭園の集まりが前近代日本の最高の表現であることの2点でした。
清水寺はその中に、平安京ができたころにさかのぼる寺として、崖に張り出す本堂(国宝)と18棟の重要文化財を持って加わっています。本堂が国宝なのは、1633年の再建ながら複雑な屋根をうまくまとめた、江戸時代初期の和様復古建築の傑作だと文化庁が評価しているからです。
| 構成資産(1994年登録・登録基準(ii)(iv)は17資産共通) | 国宝・重要文化財の建造物(登録時) | 国指定の庭園 | 主な建物の年代 | 評価書での入り方 |
|---|---|---|---|---|
| 清水寺 | 国宝1棟(本堂)・重文18棟 | 成就院庭園(名勝) | 本堂1633年 | 平安京の創建期にさかのぼる寺。山腹の伽藍 |
| 金閣寺(鹿苑寺) | なし | 鹿苑寺庭園(特別名勝) | 金閣は焼失後1955年に再建 | 足利義満の山荘を寺にした。評価の中心は庭園 |
| 銀閣寺(慈照寺) | 国宝2棟(銀閣・東求堂) | 慈照寺庭園(特別名勝) | 東求堂1485年・銀閣1489年 | 東山文化を代表する庭園と、国宝の銀閣・東求堂 |
| 平等院 | 国宝4棟(鳳凰堂の中堂・北翼廊・南翼廊・尾廊)・重文1棟 | 平等院庭園(名勝) | 鳳凰堂1053年 | 西方極楽浄土を表すとされる堂と庭園 |
| 二条城 | 国宝6棟(二の丸御殿)・重文22棟 | 二の丸庭園(特別名勝) | 1603年築城・1626年に拡張 | 17資産で唯一の城。書院造の御殿 |
17資産の合計は、建造物198棟(国宝38・重要文化財160)と庭園12(特別名勝8・名勝4)です。数はUNESCOの声明と京都市の包括的保存管理計画による世界遺産登録時のもので、表の年代と入り方はICOMOSの評価書と文化庁の資料から取っています。
清水寺は「古都京都の文化財」17資産の1つ
京都市の世界遺産のサイトによると、「古都京都の文化財」は1994年に日本で5番目の世界遺産として登録されました。構成するのは京都市・宇治市と滋賀県大津市にある17の社寺と城です。UNESCOの声明も、17の構成資産のうち二条城を除く16はすべて宗教施設だと書いています。
「清水寺は世界遺産ですか」と聞かれたら、正確な答えは「世界遺産の一部です」。
登録の単位は17のまとまりで、清水寺はそのうちの1つにあたります。登録名より清水寺の名前ばかりが知られているので、この点は見落とされがちです。ここを押さえておくと、解説サイトが並べる理由のうち、どれがUNESCOの評価でどれが寺の魅力なのかを見分けやすくなります。
世界遺産と日本遺産は別の制度です。名前が似ていて混同されやすいので、違いは世界遺産と日本遺産の違いで比べています。
範囲にも意外な点があります。構成資産「清水寺」には、境内の地主神社も含まれるのです。京都市の計画が挙げる所有者も清水寺と地主神社の2つで、地主神社の本殿・拝殿・総門は清水寺の重要文化財18棟の内訳に入っています。
登録基準2つの中身(京都全体への評価)
登録基準は、世界遺産委員会が「顕著な普遍的価値(人類全体にとって特に大事な価値)」があるかを判断するときの物差しです。UNESCOの声明によると、古都京都の文化財には2つの基準が当てはめられました。
1つ目は、京都が8世紀から17世紀にかけて、宗教建築と世俗建築、それに庭園の設計が発展した主な中心地だったという評価です。声明は、そのため京都が日本の文化的な伝統をつくるうえで決定的な役割を果たした、と続けています。
2つ目は、京都に残る記念物の建築と庭園の集まりが、前近代の日本の物質文化のうち、この分野の最高の表現だという評価。
どちらの文も、主語は「京都」と「集まり」です。清水寺の名前は出てきません。
UNESCOに助言する専門機関ICOMOSの評価書も同じ見方で、推薦された京都の記念物のまとまりは比類がないと結論づけています。そのうえで1994年10月に、この2つの基準で登録するよう勧告しました。
解説サイトには、音羽の滝や観音信仰を清水寺の登録理由として挙げるものもあります。どちらも清水寺の魅力ですが、UNESCOの声明にもICOMOSの評価書にも出てきません。登録理由を人に説明するなら「8〜17世紀の京都の建築と庭園の歩みを、17か所のまとまりで見せているから」と言えば足ります。
評価書と京都市の計画は清水寺をどう書いたか
では、17のうちで清水寺は何を受け持っているのか。ICOMOSの評価書は、平安京の創建期にさかのぼる資産として、上賀茂神社・下鴨神社・東寺・清水寺・延暦寺の5つを挙げています。京都の歴史を時代順にたどる17資産のなかで、清水寺は最初の時代の担当です。
同じ評価書は、江戸時代の初めに平安時代の寺社が伝統的な様式で建て直された例として、清水寺と仁和寺を挙げています。
評価書によれば、清水寺は780年に私寺として建てられ、805年に勅願寺になりました。その後9回焼けては建て直されたとも書かれています。馬駐・仁王門・鐘楼を除く建物は、どれも1630年代の建築だそうです。
寺の説明は少し違い、開創は778年、火災は10度を超えるとしています。創建年や焼失の回数を見比べるときは、どの資料の数字かを確かめてください。
京都市の包括的保存管理計画は、清水寺の価値を立地と配置から説明しています。挙がっているのは、霊水が湧く山腹という建てた場所、自然の地形に沿って築いた伽藍の配置、庭園の借景になる山並み。そのうえで本堂、三重塔や地主神社本殿を含む重要文化財18棟、成就院庭園を、その価値を伝えるものとして並べています。
文化遺産オンラインによれば、西門・三重塔・経堂・開山堂・朝倉堂・本堂・阿弥陀堂が西から東へ並ぶ今の景観は、15世紀末には成立していたそうです。
清水寺の役割は、「平安の起源」と「山腹の立地」の2つ。庭園の評価で入った金閣寺や龍安寺とは、入り方がはっきり違います。境内では舞台だけを目当てにせず、斜面に沿って西から東へ堂が続く並びを通して見ると、計画が挙げた価値にそのまま触れられます。
本堂(清水の舞台)が国宝である理由
文化庁のデータベースによると、今の本堂は寛永6年に焼けたあと、寛永10年(1633年)に完成した建物です。急な崖に建っているので前面の床が高く、長い束柱で支える懸造(かけづくり)になっています。屋根は寄棟造の檜皮葺で、正面に舞台が付きます。
国宝の指定は1952年11月22日。データベースには、重要文化財の指定日として1897年12月28日も記録されています。本堂が重要文化財から国宝になった仕組みは、国宝と重要文化財の違いの記事で比較しています。
文化庁の解説が「最もみるべき」と書いているのは、舞台よりも屋根のほうです。
文化庁は、複雑な屋根を巧みに処理したことと、屋根面に起り(むくり。上へふくらむ曲線)をつける手法を挙げています。細部には桃山時代の気分が残り、江戸時代初期の和様復古建築の傑作だという評価です。和様は、日本で古くから育ってきた建築様式を指す言葉とされています。内陣にある3基の厨子も同じ時期の作だそうです。
寺の説明では、舞台を支える床下の柱は18本。崖下の礎石から舞台までは約13mの高さがあり、釘は1本も使っていないそうです。どれも寺の説明で、文化庁が国宝の理由として挙げた点とは別の話です。
評価の焦点が屋根にある以上、本堂は舞台を真下から見上げるだけで終わらせたくありません。少し離れて、屋根全体が目に入る位置からも見てください。文化庁が評価した部分に目が行きます。
1633年の再建でも世界遺産・国宝になる理由(金閣との違い)
江戸時代に建て直した建物がなぜ評価されるのか。答えはUNESCOの声明にあります。
声明は真実性(資産が本物であるか)の説明で、日本では1000年以上にわたり、元の形・装飾・材料を厳格に守る伝統が続いてきたと述べます。そのおかげで、今見えるものはほぼすべての細部で元の建物と一致している、という理屈です。
清水寺の本堂はその例にあたります。文化遺産オンラインは、本堂の平面と架構(柱や梁の組み方)がどちらも平安時代からの形を受け継いでいると書いています。1633年の再建は、昔の形を守って建て直したものでした。
対照になるのが金閣寺です。ICOMOSの評価書によると、金閣は国宝に指定されていたものの火事で失われ、庭園に欠かせない要素として1955年に再建されました。鹿苑寺は庭園(特別名勝)で構成資産に入っていて、登録時の国宝の建造物は1棟もありません。
並べてみると、清水寺の本堂は1633年に完成した建物で、1898年の解体修理などを重ねながら390年以上残り、国宝に指定されています。金閣は1955年の再建で、登録時の国宝・重要文化財の建造物には入っていません。同じ「再建」でも、江戸時代の建物が修理を受けて残っているのか、昭和に建て直した建物なのか。金閣寺と清水寺の本堂を見比べるなら、まずこの違いを押さえてください。
金閣が国宝ではない経緯と、庭園で構成資産に入った理由は金閣寺はなぜ国宝じゃないかの記事にまとめました。
17資産の中の清水寺
京都市の計画にある世界遺産登録時の表から、17資産の国宝と重要文化財の建造物を並べると次のとおりです。
| 構成資産 | 国宝の建造物(棟) | 重要文化財の建造物(棟) | 国指定の庭園 |
|---|---|---|---|
| 上賀茂神社(賀茂別雷神社) | 2 | 34 | なし |
| 下鴨神社(賀茂御祖神社) | 2 | 31 | なし |
| 東寺(教王護国寺) | 4 | 10 | なし |
| 清水寺 | 1 | 18 | 成就院庭園 |
| 延暦寺 | 1 | 8 | なし |
| 醍醐寺 | 6 | 10 | 三宝院庭園 |
| 仁和寺 | 1 | 14 | なし |
| 平等院 | 4 | 1 | 平等院庭園 |
| 宇治上神社 | 2 | 1 | なし |
| 高山寺 | 1 | 2 | なし |
| 西芳寺 | 0 | 2 | 西芳寺庭園 |
| 天龍寺 | 0 | 0 | 天龍寺庭園 |
| 金閣寺(鹿苑寺) | 0 | 0 | 鹿苑寺庭園 |
| 銀閣寺(慈照寺) | 2 | 0 | 慈照寺庭園 |
| 龍安寺 | 0 | 1 | 方丈庭園・龍安寺庭園 |
| 西本願寺(本願寺) | 6 | 6 | 大書院庭園・滴翠園 |
| 二条城 | 6 | 22 | 二の丸庭園 |
清水寺の国宝は本堂1棟だけです。国宝の建造物が1棟の資産は、清水寺・延暦寺・仁和寺・高山寺の4つあります。重要文化財の18棟は、上賀茂神社の34棟、下鴨神社の31棟、二条城の22棟に次ぐ4番目。国宝の建物を持たず、庭園で加わっているのが西芳寺・天龍寺・金閣寺・龍安寺です。
表は登録時の数で、その後の指定は含みません。たとえば西本願寺の御影堂と阿弥陀堂は、2014年に文化庁が国宝指定の答申を発表した建物で、この表には入っていません。17資産の「本願寺」が西本願寺で、東本願寺が入っていない理由は東本願寺と西本願寺の違いで扱っています。
この表を見ると、清水寺が国宝の数で選ばれたわけではないことが分かります。国宝の建造物は、醍醐寺・西本願寺・二条城の6棟に遠く及びません。17の中での清水寺の役割は、評価書が挙げた平安京の創建期にさかのぼる寺という点と、京都市の計画が挙げた山腹の伽藍という点で見るのが分かりやすいと思います。
17資産を組み合わせて回るときも、どの時代とどの要素を受け持つかで選ぶと、似た寺ばかりが続く回り方を避けられます。清水寺は平安の起源と懸造の本堂、平等院は浄土の堂と庭、二条城は武家の御殿というように、役割を1つずつ拾っていけば組み方に迷いません。
