平等院鳳凰堂は寺?神社?2つの見分け方と文化庁の種別

平等院鳳凰堂(びょうどういんほうおうどう)は寺です。平等院は既存のどの宗派にも属さない単立寺院で、鳳凰堂はその境内に建つ阿弥陀堂にあたります。文化庁の国指定文化財等データベースを見ると、鳳凰堂の種別は「近世以前/寺院」。寺と神社のどっちか迷ったときは、鳥居が立っているか、中心の建物が本殿か本堂か、この2つを見ればたいてい片が付きます。

観点平等院鳳凰堂(寺)宇治上神社(神社)厳島神社(神社)
まつるもの阿弥陀如来坐像(定朝作)応神天皇・菟道稚郎子・仁徳天皇と伝える海上鎮護の神
中心の建物の呼び名鳳凰堂(阿弥陀堂)本殿・拝殿本社本殿・幣殿・拝殿
文化庁の種別近世以前/寺院近世以前/神社近世以前/神社
国宝の指定1951年6月9日(四棟)1952年3月29日(本殿)1952年3月29日(社殿六棟)
重要文化財の指定1897年12月28日1902年4月17日1899年4月5日
時代平安中期(1053年)平安後期室町後期
世界遺産の登録名古都京都の文化財古都京都の文化財厳島神社

平等院鳳凰堂は寺|宗派に属さない単立寺院と阿弥陀堂

平等院の公式サイトのQ&Aは、「平等院は何宗ですか」という問いに「既存のどちらにも属さない単立寺院です」と答えています。どの宗派の傘下にも入っていない寺、という意味で単立。そのうえで「平等院には浄土宗の浄土院と天台宗系の最勝院があり、両寺で管理しています」と続けます。

迷うのはここだと思います。境内に2つの名前が出てくるので、片方は神社だろうと受け取ってしまう。浄土院も最勝院も寺です。平等院の年表にも、江戸時代に「浄土宗の浄土院、天台宗の最勝院の両宗が協力して平等院の護持をするようになる」とあります。

末尾に「院」や「寺」が付いていたら、まず寺と見ていいはずです。神社のほうも末尾の語が決まっています。神社本庁は「神宮」「宮」「大社」「神社」を社号と呼んでいます。名前の形だけでも、見当は付けられる。

鳳凰堂という呼び名そのものも、創建時からのものではないそうです。平等院の説明によれば、正面から見た姿が翼を広げた鳥のように見えることと、屋根の上に1対の鳳凰が据えられていることから、江戸時代の初め頃からそう呼ばれるようになったとのこと。

それ以前の名前は阿弥陀堂でした。阿弥陀如来をまつる堂という、寺の建物そのものの呼び名です。

10円玉の図柄に選ばれた経緯

10円硬貨に彫られている建物は鳳凰堂です。造幣局も貨幣Q&Aで「10円貨のデザインになぜ平等院鳳凰堂が選ばれたのですか」という問いを立てています。ところが、その答えは歯切れがよくありません。「当時の資料がなく、はっきりとしたことは分かりません」。

10円貨は戦後の復興期に出された最高額面の貨幣だったので、偽造防止として精密な図柄が選ばれたとも考えられる。造幣局が付け加えているのは、そこまでです。

平等院の側ははっきり答えています。「日本の代表的な文化財で、建物に特徴があるからです。昭和26年に選ばれました」。発行する側が分からないと答え、選ばれた側が理由を言い切る。同じ問いなのに答えがここまで違うのは、読み比べると面白いところです。

昭和26年は1951年です。文化庁のデータベースによれば、鳳凰堂が国宝に指定された日も1951年6月9日。平等院の年表も、鳳凰堂と阿弥陀如来坐像の国宝指定と、10円硬貨のデザイン採用・発行開始を同じ年に並べています。

ついでに書いておくと、造幣局は法律で貨幣の表裏が決まっていないとしたうえで、年銘のある側を作業上「裏」と呼んでいるそうです。その裏面に描かれた木は「常盤木」で、一年中緑の葉をつける常緑樹のこと。

寺と神社の見分け方|鳥居・本殿と本堂・務める人の呼び名

現地で使える手がかりは、そう多くありません。

まず鳥居。神社本庁は鳥居を「神社の内と外を分ける境に立てられ、鳥居の内は神さまがお鎮まりになる神域」と説明しています。柱に横木を渡したあの形は神社のもので、くぐった先が神域。境内の案内でも、最初に挙がるのは鳥居です。続くのは参道、手水舎、狛犬、神楽殿、摂社・末社、御本殿、拝殿、鎮守の杜。門は出てきません。

次に中心の建物の呼び名。神社には神がお鎮まりになる本殿があり、その前で祈願をする拝殿が建ちます。神社本庁は「御本殿の御扉は通常、鍵をかけて閉じられ」ていて、扉を開くのは特別な祭祀の重要な行事だと書いています。寺のほうは仏像を安置する堂で、本堂・金堂・阿弥陀堂などと呼ばれる。平等院なら鳳凰堂です。

平等院は、鳳凰堂内の阿弥陀如来坐像が「正面格子戸の円窓を通して」参拝者を見守っていると説明しています。扉を閉じて姿を見せない本殿と、円窓から顔が見れる阿弥陀堂。この差は建物の役目そのもので、見分けとしても分かりやすいところ。

務める人の呼び名も分かれます。文化庁が宗教法人向けに出している運営ガイドブックは、役職員を「宮司、住職、教会長、また一般神職、僧侶、牧師、教師及び事務職員等」と並べています。宮司と神職が神社、住職と僧侶が寺。呼び名だけで聞き分けられます。

作法も違います。神社本庁が全国的な神社参拝の基本形式とするのは、2度の拝、二拍手、最後にもう1度の拝という手順。神社によっては特殊な拝礼方法をとるところもあるそうです。手を打つ音が聞こえたら神社。この見分けは案外使えます。

見分ける点寺神社
信仰仏教神道
中心の建物本堂・金堂・阿弥陀堂本殿(その前に拝殿)
務める人の呼び名住職・僧侶宮司・神職
文化庁の指定の種別近世以前/寺院近世以前/神社

見分ける点を7つも8つも覚える必要はありません。鳥居があるか、中心の建物が本殿か本堂か。日常的に使うのはこの2つで足ります。残りは確かめの材料と思っておけば十分です。

文化庁の指定で確かめる|種別が寺院か神社か

見た目でも作法でも決まらないときの最後の手が、国の指定です。

国宝と重要文化財の建造物には種別が振られていて、国指定文化財等データベースで1件ずつ確かめられます。平等院鳳凰堂は「近世以前/寺院」。宇治上神社本殿と厳島神社は「近世以前/神社」。同じデータベースの中で、寺と神社が最初から分かれているわけです。

指定名称の作りも違います。寺は「平等院鳳凰堂」と堂の名前が立ち、神社は「宇治上神社本殿」「厳島神社」と社名が先。文化庁は鳳凰堂を中堂・翼廊・尾廊からなる四棟、厳島神社の社殿を六棟として、それぞれ1件にまとめています。堂か社殿かで、数え方の言葉から違っています。

指定の日付を並べてみるのも分かりやすい。鳳凰堂の国宝指定は1951年6月9日で、宇治上神社本殿と厳島神社はどちらも1952年3月29日。重要文化財としての指定はさらに古く、鳳凰堂が1897年12月28日、厳島神社が1899年4月5日、宇治上神社本殿が1902年4月17日です。国宝と重要文化財の違いを書いた記事もあわせてどうぞ。

見た目や作法には例外が出ます。指定の種別には出ません。国が1件ごとに寺院か神社かを決めているので、迷ったらここに戻るのが確実です。海の上に社殿が建つ厳島神社の理由は別の記事にまとめました。

宇治川をはさんで向かい合う平等院と宇治上神社

文化庁は宇治上神社を「宇治川をはさんで平等院と向かいあう小高い丘の麓にある」と説明しています。川を1本渡れば行き来できる距離に、寺と神社の国宝が1つずつあるわけです。

どちらも世界遺産「古都京都の文化財」の構成資産にあたります。1994年の登録のときにICOMOSがまとめた評価書には対象の資産が地区ごとに並んでいて、平等院と宇治上神社はそれぞれ別の地区として挙げられています。

その評価書が宇治上神社について書いているのは、「平等院の完成後にこの古い神社が改修され、寺の鎮守社として祀られた」という経緯。寺ができたことが神社の整備につながった、という関係です。文化庁も、創始は明らかでないとしつつ、鳳凰堂の完成のあと宇治が貴族の参詣でにぎわい、社殿が整えられるようになったらしいと書いています。

宇治上神社本殿は、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)という様式の内殿三棟を、覆屋(おおいや)と呼ぶ建物で囲んだ造り。文化庁は建立年代を11世紀後半から12世紀前半とみて、「流造の、また神社建築の最古の遺構」としています。ICOMOSの評価書は拝殿も国宝だと記していて、こちらは13世紀の住宅風の建築だそうです。

寺と神社の違いは、言葉で覚えるより、この2つを続けて見るほうが早く分かります。同じ川の両岸で、寺の国宝と神社の国宝が向かい合う。見分けを身につけるには、これ以上ない配置だと思います。

見分けが効かないとき|神仏習合と御朱印・お墓

神社本庁の説明を読んでいくと、神と仏が入り混じっていた名残があちこちに出てきます。見分け方によっては例外が出るのも、そのためです。

御朱印がその代表です。神社本庁は御朱印の起源を、奈良・平安の頃に神社仏閣へ書写した経典を納めた際の「納経受取の書付」ではないかと説明しています。例として挙げているのが平家納経で、平清盛が神仏習合の考えの影響を受け、厳島神社の祭神は十一面観音が姿を変えたものだと解釈して奉納した、とのこと。

神社に経典を納めていたわけです。御朱印の有無では、寺と神社は分けられません。

お墓も決め手になりません。神社本庁は、神式と仏式の墓について「両者とも一般的に形は似ており大きな違いはありません」と書いています。墓を設けること自体がもともとの仏教の教えにはなく、祖先をまつるという日本の風俗習慣に基づくから、という説明です。お盆やお彼岸も、仏教・神道の垣根をこえた日本の習慣だそうです。

名前にも名残が一つ。神社本庁は「権現」という称号を、神仏習合の影響によるものと説明しています。

例外の出るものを先に切っておくと、残りで迷わなくなります。御朱印・お墓・年中行事は外す。鳥居と、本殿か本堂か。それでも決まらなければ文化庁の指定の種別を見る。この順番なら、平等院鳳凰堂のような単立の寺でも引っかかりません。

寺どうしを比べるときは、また別の見方が要ります。金閣寺と銀閣寺を比べた記事もあるので、そちらもどうぞ。

参考