日光東照宮が世界遺産になった理由は3つあります。建物と装飾が森と一体になった傑作であること、東照宮と大猷院の権現造(本殿と拝殿を石の間でつなぐ社殿の形)が江戸時代の社寺建築の頂点に達していること、山と森を神聖視する信仰が今も続いていることです。
ただし登録されたのは東照宮単独ではなく、二荒山神社・輪王寺とあわせた「日光の社寺」で、1999年12月のことでした。東照宮の国宝は本殿・石の間・拝殿、陽明門、唐門、透塀、回廊の8棟で、三猿の神厩舎や五重塔は重要文化財です。
| 物件 | 世界遺産の登録 | 登録基準 | 国宝の指定 | 年代 | 評価・指定の要点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 日光東照宮 | 1999年・日光の社寺 | (i)(iv)(vi) | 本殿・石の間・拝殿、陽明門など8棟(重要文化財34棟) | 1617年創建、1636年に今の社殿 | 装飾と建築が一体になった権現造の完成形 |
| 輪王寺大猷院 | 1999年・日光の社寺 | (i)(iv)(vi) | 大猷院霊廟の本殿・相の間・拝殿 | 1653年 | 3代将軍家光の霊廟。もう1つの権現造 |
| 二荒山神社 | 1999年・日光の社寺 | (i)(iv)(vi) | なし(23棟が重要文化財) | 8世紀以来の信仰の地 | 男体山を中心とする山岳信仰 |
| 久能山東照宮(対照) | 登録なし | なし | 本殿・石の間・拝殿(2010年指定) | 1617年 | 家康の霊廟として最初に建った権現造 |
| 金閣寺(対照) | 1994年・古都京都の文化財 | (ii)(iv) | なし(庭園が特別名勝) | 1955年再建 | 世界遺産だが建物は国宝ではない |
世界遺産になったのは「日光の社寺」
世界遺産の登録名は「日光の社寺」です。栃木県によると、1999年12月にモロッコのマラケシュで開かれた第23回世界遺産委員会で、日本で10番目の世界遺産として登録されました。
範囲は、二荒山神社・東照宮・輪王寺の「二社一寺」とそれぞれの境内です。世界遺産委員会が採択した顕著な普遍的価値の声明(その物件の何を評価したのかを書いた文書)は、面積を50.8ha、建物を103棟と書いています。内訳は二荒山神社が23棟、東照宮が42棟、輪王寺が38棟でした。
「日光東照宮は世界遺産」という言い方は、半分だけ正しいと考えています。評価の単位は三者の組み合わせで、東照宮だけを見ても理由の一部しか見ていないことになるからです。
境内は建物とは別に史跡としても守られていると、同じ声明は書いています。史跡と名勝の違いは史跡・名勝・天然記念物の違いの記事で整理しました。
日光東照宮が世界遺産に選ばれた理由
声明の要約には、日光が評価された価値が4つ並んでいます。長く続く信仰の伝統、高い芸術の水準、建築と周りの自然との際立った結びつき、そして国の記憶を伝える場であること。
東照宮は、徳川家康の霊廟です。文化庁の構成資産の解説によると、創建は1617年(元和3年)で、今の主要な社殿は3代将軍徳川家光が1636年(寛永13年)に建て替えたものだそうです。東照宮の公式サイトは、この造替を55棟、わずか1年5か月の工期で終えたと説明しています。大棟梁は甲良豊後宗広でした。
ICOMOS(世界遺産の文化遺産を審査する諮問機関)の評価書は、日光を他の候補とも比べています。4つの価値のどれか1つなら他の場所にもあり、この組み合わせが日光を特別な文化財にしている、という結論でした。
豪華な彫刻は、理由の一部にすぎません。森の中の配置と、今も祭祀が続いていることまで含めて1セットで評価された、と読むのが素直です。
評価書は森にも触れています。17世紀初めの東照宮の造営期に数千本のスギが植えられ、今は成長の盛りにあって、社寺の美しさと神聖さを大きく高めているそうです。社殿を包むスギの森まで、評価の中に入っているわけです。
3つの登録基準で評価されたこと
日光の社寺が当てはまった登録基準は3つありました。どれも東照宮単独ではなく、二社一寺をまとめた資産に対する評価です。
建築と装飾の傑作
声明は、日光の社寺を建築と芸術の才能の表れだとしています。その価値は、森と人の手で整えた自然の中に建物が調和して置かれていることで、さらに強まっているそうです。
ICOMOS の評価書も、社殿が山の斜面に見え方を変えながら並び、石段や擁壁、囲いの塀の比率まで考え抜かれていると書いています。彫刻の細かさより先に、この並べ方を見ておくと基準の意味が分かります。
権現造の頂点
声明によると、日光は江戸時代の社寺建築の様式を完璧に示す例です。東照宮と大猷院の2つの霊廟の権現造がここで頂点に達し、後の建築に決定的な影響を与えた、というのが声明の評価でした。
ここで名指しされているのは、家康の東照宮と家光の大猷院の2つだけです。2人の霊廟を対で見ると、この基準の意味がつかみやすくなります。東照宮だけで引き返せば、基準の半分は見ないままです。
文化庁の構成資産の解説にも、権現造(日本の代表的な神社建築の様式)は東照宮の建築で完成したともいわれる、とあります。
山と森を神聖視する信仰
声明は、日光の社寺と周りの環境を、日本の伝統的な宗教の中心地の優れた例としています。人と自然の関係についての神道の考え方と結びつき、山と森が神聖な意味を持って崇められ、その信仰が今も生きている、という評価です。
文化庁の解説によると、日光は8世紀以来、男体山を中心とする山岳信仰の聖地でした。東照宮が建つずっと前から、ここは山を拝む場所だったわけです。
島そのものを神聖視して海の上に社殿を建てた宮島(厳島神社)の例は、厳島神社はなぜ海の上に建つのかにまとめました。日光は、自然を神聖視する信仰が山と森に向いた例です。
東照宮の国宝8棟の一覧
文化庁の構成資産の解説によると、東照宮では本殿・石の間・拝殿、陽明門など8棟が国宝、34棟が重要文化財に指定されています。ICOMOS の評価書と日光市の解説をもとに、国宝の建物を囲み方と一緒にまとめました。
| 国宝の建物 | 囲み方・規模 | 見どころ |
|---|---|---|
| 本殿・石の間・拝殿 | 透塀と回廊に囲まれた中心 | 3つを石の間でつなぐ権現造。H字形の平面 |
| 正面唐門・背面唐門 | 左右から透塀が延びる門 | 胡粉で白く塗られ、細かな彫刻が入る |
| 陽明門 | 左右の袖塀から回廊が延びる門 | 500以上の彫刻。「日暮の門」と呼ばれる |
| 東西透塀 | 本殿・石の間・拝殿を囲む | 長さ約160m |
| 東西回廊 | 本殿などを南・東・西から囲む | 長さ約220m。南側に25枚の彫刻板 |
唐門・透塀・回廊をそれぞれ2棟と数えると、合わせて8棟になります。
8棟は、本殿とそれを囲む塀・廊下・門にまとまっています。家康を祀る社殿と、それを守る囲いと入口が国宝、と覚えておくと境内で迷いません。
陽明門
文化庁のデータベースによると、陽明門は1636年の建物で、1908年に重要文化財、1951年6月9日に国宝に指定されました。評価書は、日光の建築様式で最もよく知られた例で、限りない種類の装飾に覆われていると書いています。公式サイトは500以上の彫刻がほどこされていると説明し、「日暮の門」という呼び名も紹介しています。
本殿・石の間・拝殿
本殿と拝殿を石敷きの石の間でつなぐ形が権現造です。文化庁の解説は、彫刻・漆塗り・彩色・飾金具などの装飾と建築が一体化し、江戸初期の造形と意匠が集大成されていると評価しています。国宝の指定は陽明門と同じ1951年6月9日でした。
唐門・透塀・回廊
3つとも、本殿の周りを囲む建物です。日光市の解説によると、透塀は唐門の左右から延びて本殿・石の間・拝殿を囲み、延長は160m。回廊は陽明門の左右の袖塀から東西に延び、本殿などを南・東・西の三方から囲んでいて、延長は220mだそうです。回廊の外壁には、公式サイトが国内最大級とする花鳥の彫刻が並んでいます。
陽明門をくぐると回廊、唐門の脇には透塀。門と囲いが対になっているので、門だけ見て通り過ぎず、左右に延びる回廊と透塀まで目で追ってみてください。
国宝かどうか迷いやすい三猿・五重塔・眠り猫
見どころとして有名な場所と、国宝の指定は一致しません。
「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿は、神厩舎(神馬の厩)の長押の上にある彫刻です。公式サイトは神厩舎を重要文化財としています。五重塔も公式サイトでは重要文化財です。日光市の解説によると、1650年に若狭国小浜藩主の酒井忠勝が奉納しましたが、1815年に焼失し、今の塔は1818年の再建だそうです。どちらも国宝の8棟には入っていません。
眠り猫は、左甚五郎の作と伝えられる彫刻です。公式サイトは国宝の印を付けて紹介し、ここから奥宮に通じると添えています。奥宮へ向かう入口にある彫り物で、建物そのものではありません。
国宝と重要文化財の線引きは、国宝と重要文化財の違いの記事で比べています。
大猷院・久能山東照宮と比べた国宝と世界遺産の関係
世界遺産委員会の声明によると、日光の社寺の103棟のうち国宝は9棟、重要文化財は94棟です。東照宮の8棟を除くと、残る国宝は輪王寺大猷院の1件で、文化庁の解説では大猷院霊廟の本殿・相の間・拝殿がそれにあたります。大猷院は1653年(承応2年)、家光の霊廟として輪王寺の境内に造営されました。
二荒山神社の建物は、1999年の評価書で23棟が重要文化財とされ、国宝の建物はありません。日光の社寺の国宝建造物を全部見たいなら、東照宮と大猷院の2か所で足ります。
静岡の久能山東照宮は、国宝なのに世界遺産ではない例です。本殿・石の間・拝殿は2010年12月24日に国宝に指定されました。文化庁の解説は、家康の霊廟として1617年に造営された権現造の複合社殿で、全国に権現造の社殿を広めた東照宮建築の最初の社殿だとしています。それでも世界遺産の範囲には入っていません。
京都の金閣寺は、世界遺産なのに国宝ではない例です。「古都京都の文化財」の構成資産でも、今の金閣は1955年の再建なので国宝ではありません。その理由は金閣寺はなぜ国宝じゃないのかにまとめました。
国宝は国が建物ごとに指定し、世界遺産は資産全体の価値で登録します。日光の103棟でも国宝は9棟だけ。「世界遺産だから全部国宝」ではない、という点を押さえておくと、日光の境内で見るべき場所の優先順位が付けやすくなります。
